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おもしろき こともなき世を おもしろく [ちょっとまじめな話]

帰国して以来読書のペースが落ちてしまっているが、ここ最近読了した本の中で印象に残ったのが、司馬遼太郎の『世に棲む日日』。


世に棲む日日〈1〉 (文春文庫)

世に棲む日日〈1〉 (文春文庫)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2003/03
  • メディア: 文庫



全4巻のこの小説は、前半が主に吉田松陰について、後半はその弟子である高杉晋作が革命運動を実現していく様子が描かれている。
これまで長州といえば桂小五郎(木戸孝允)や村田蔵六(大村益次郎)のイメージであり、その長州藩が暴走するきっかけとなった吉田松陰とその門下生は何となく狂信徒的な思いがあり好きになれなかった。
でも、改めてのこ小説読んで特に高杉晋作の生き様には久々に震えるような感銘を受けた。

吉田松陰は、僕的には究極的にネオテニーなイデオロギストという理解をしている。
人間的には全体的には未成熟ながら、その他の部分の未成熟感を補って余りあるほどに純粋な思想、私から自分を隔離する公の概念を自身の中で確立させており、それが本人が言うところの「狂」なのだろう。
そんな松陰の熱病に冒された(言い方は悪いが)久坂玄瑞達を尻目に、高杉晋作はその思想の突出を革命運動というオペレーションに落とし込んでいく。
死ぬまで吉田松陰のことを師と仰ぎながらも、その攘夷思想を次元を超えて飛躍させて開国長州独立へと導くその行動家としての激烈さには、リーダシップのなんたるかを改めて考えさせられる。
奇兵隊を含めた革命勢力も、藩内の佐幕勢力も、そして幕府自体も自分たちの組織内の今年か考えていない中で、その全てをパラダイムシフトさせる革命運動を起こしながら「世界の中の長州国」を目指していくそのスケール感は、坂本竜馬と並んで目を見張るものがある。
どうして鎖国が続いた時勢の中で、限られた知識を元に辺境的な攘夷思想に陥ること無く、開国した後に列強に追いついて世界の中の日本という存在を打ち立てていくという発想にいたり、そしてそれを信じて命をかけた行動を起こせるのか。本当に信じがたい。

坂本竜馬からも高杉晋作からも感じるのは、「なぜ俺がこんな目に・・・」ではなく自然と「俺がやらねば誰がやる」という自発的な組織・社会に対する責任感の発露だ。
これはどの時代を取っても、そして現代の会社組織の中においても最も重要なリーダーとしてのマインドセットだと思う。

そんな高杉晋作が28歳の短い生涯を終える死の床で最後の力を振り絞って読んだ辞世の句が

おもしろき こともなき世を おもしろく

ここで筆を落とした高杉晋作に、望東尼が即座に繋いだ下の句が

すみなすものは 心なりけり

・・・これは、正直最悪。
高杉晋作の私を捨てた、公として世の中を導くそのリーダーシップと覚悟が、下の句によってたんなる彼一個人の小手先の気分、空気の読めない思い過ごしのような印象を与えている。

詩人でもあった高杉晋作はそれほど俳句はうまくなかったようだが、この辞世の句は上の句だけで完結しているのではないかと僕は思う。

おもしろき こともなき世を おもしろく

この一見ふざけたようなそれでいて彼の人生に重ね合わせたときに、壮大な発想力と行動力を浮かび上がらせる抗いがたいようなイメージは、後世のおもしろいことが少ない世の中で生きている一日本人としては自分の人生を見つめ直さなければという想いに駆られる。
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島袋哲也

私が一人の男として強く揺さぶられたのは、「長州男児の
肝っ玉をお見せいたします」という台詞でした。

一見、根性論に聞こえる台詞ですが、高杉の行動はすべて
合理的であり、天才の閃きはあるにせよ、考え抜かれた末の
行動だったと言えます(後世の我々の後付け解釈ですが)。

高杉の行動は、一見、すべて奇計に見えるのですが、その
すべてに理が通っていると理解した時、畏怖の念を禁じえま
せんでした。天才だけが次の時代を見通すのだと。


後は、次の時代を映すその閃きに人生を賭ける覚悟。その
覚悟を高杉は師の松陰から学んだのではないでしょうか。

「狂」が意味するものは、決して、無謀さや、過激さではなく、
自分の閃きと信念に、一分の乱れもなく真っ直ぐに賭ける
ことだと思います。この信念は第二次世界大戦中に日本軍が
持っていた信念とは全く別物で、冷徹な合理精神を持ちえた
者だけが持つことのできる、ある種の高貴なる義務
(noblesse oblige)に近いでしょう。


彼にはそれが出来た。いや、成し遂げたと言うべきでしょうか。
そして、そのことが日本の歴史を変えた。
by 島袋哲也 (2011-02-06 16:00) 

TAKKUNN_S

その一言を残してわずか80人の賛同者を持って2000人の俗論派とその後ろにある幕府の征長軍に突っ込んだのは、自分が一騎玉砕することへの覚悟もあったでしょうが、その後8000人に膨れあがった8000人の決起軍を予期していたからの台詞とも思えてしまいます。

彼の先を見通す力とそれに向かって邁進する行動力は幕末史の中でも群を抜いていますね。

狂おしいほどに純粋な意味での狂、一般的な使われ方とは真逆ですが、松陰や晋作の生き方に重ね合わせるとクリスタルのような透明度を感じます。
by TAKKUNN_S (2011-02-06 17:31) 

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